【2019年3月キリマンジャロ登山スタディツアー】参加者による事前講義録!⑪ ~登山の基礎知識!高山病編~
高山病について
1. 高山では何が起きる?
・低酸素
地上での空気中の酸素分圧(PO2)は150mmHgである。これが標高3,000mでは100mmHgに低下する。しかし、血液中の酸素分圧は、計算上は活動困難なほどに低下するはずの高度でも、人体は順応するのでそうはならない。これがうまく順応できないと高山病となる。
・寒冷
気温は150m高度が上昇すると1℃低下する。単純に標高が3,000m上昇すると20℃下がることになる。また、風も体温を低下させる原因の一つとなる。
・乾燥
寒冷によって飽和水蒸気量が低下し、空気中の水量が下がることにより、呼吸で肺から失われる水分量が増加する。
・紫外線
空気が薄いことと水蒸気量が少ないことにより、太陽光線が強くなる。キリマンジャロの標高5,895mの晴れた日では、人体が吸収する日射量は、海抜0mの実に50%増しとなる。
・雪盲(せつもう)
サングラスをしなければ、紫外線による角膜障害(目が火傷したようなもの)が起き、目が痛くて開けられない。副腎皮質ホルモンの入った点眼薬を使用し、下山後に眼科を受診する。
2. 高山病とは
・高山病(Acute Mountain Sickness:AMS)
普段我々が生活している海抜0mの気圧は1気圧だが、高度が上昇するにつれ気圧は低下する。高山では空気濃度が地上と比べて薄いため、およそ2,400m以上の山に登り、酸欠状態に陥った場合に様々な症状が現れるようになる。低酸素状態において数時間~3日目で発症し、一般には1日後~数日後には自然消失する。
高山病にかかりやすいか否かは個人差があり、体の健康状態にも大きく左右される。
・高度による危険性と生存限界
1,500~3,500m~ | 運動機能の低下、過換気(PcO2低下) 2500m以上への急激な上昇は、高山病を引き起こす原因となる |
3,500~5,500m~ | 作業時呼吸困難 高度の上昇に伴い発症頻度が増加 |
5,500m~ | 殆ど全員に高山病の症状が現れる 体重減少、睡眠障害、頭痛が起き、長期滞在は困難 重篤な低酸素症、低炭酸ガス血症を引き起こす |
8,000m~ | 人間の生存限界 登山家でも数日以上だと酸素なしでは生きられない |
3. 症状
・軽度(初期段階)
頭痛、吐き気、嘔吐、悪心、倦怠感、眠気、めまい、ふらつき、顔や手足の浮腫み、睡眠障害、運動能力の低下、放屁(低圧と消化器官の機能の低下による)など。
★軽度な症状自体は生命を脅かすことはないが、急速に悪化して高地脳浮腫・高地肺水腫を発症することがる。
・重度(末期段階、死亡する危険性があるので直ちに集中的治療が必要)
高地脳浮腫(High-Altitude Cerebral Edema:HACE)
脳実質内に異常な水分貯留を生じ、脳容積が増大した状態。
標高2,500m以上に2日以上滞在した場合に生じる。大部分は5,000m以上で起こるが、日本でも発症例がある。
高地肺水腫(High-Altitude Pulmonary Edema:HAPE)
肺の実質(気管支、肺胞)に水分が浸みだして溜まった状態をいい、溜まった水分に呼吸を妨害され呼吸不全に陥る。
標高2,700m以上(それ以下でも発症例あり)の高地に到達し、2日以内に咳、血痰、喘嗚、呼吸困難、意識障害などを発症する。意識障害、立位保持不能、チアノーゼ、血痰があれば早急に低地移送を要する。
・その他
高地網膜出血(High-Altitude Retinal Hemorrhage:HARH)
通常4,300m以上で発症するが、高地脳浮腫に併発する場合は2,500m以上でも起こると言われている。低酸素による血管拡張による血管壁からの血液漏出である。無症状のことが多いが、出血部位によっては視野の一部が見えなくなる。症状があれば直ちに下山する。
4. 高山病重症度の判定法
・自己判定基準
頭痛 | 0 | 全くなし | 睡眠障害 | 0 | なし |
1 | 軽い頭痛 | 1 | 数回目が覚める | ||
2 | 中程度の頭痛 | 2 | 何度も目が覚め、ほとんど眠れず | ||
3 | 耐えられない | 3 | 全く眠れず | ||
めまい ふらつき |
0 | なし | 疲労 脱力 |
0 | なし |
1 | 少しあり | 1 | 多少あり | ||
2 | はっきりとあり | 2 | かなりあり | ||
3 | 非常に強い | 3 | 非常に強くあり | ||
消化器 症状 |
0 | なし | |||
1 | 食欲がわかない、多少の吐き気 | ||||
2 | かなりの吐き気と嘔吐 | ||||
3 | 耐えられないくらいの吐き気と嘔吐 |
・臨床的診断基準
意識障害 | 0 | 正常 | 機能スコア | ||
1 | 見当識障害 | 高山病重症度自己判定ならびに 臨床的診断基準の項目により活動能力が落ちたか? |
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2 | 錯乱 | ||||
3 | 刺激にて覚醒 | 0 | 変化なし | ||
4 | 昏睡 | 1 | 多少落ちた | ||
歩行失調 | 0 | なし | 2 | かなり落ちた | |
1 | バランスをとりながら歩ける | 3 | 起きていられない | ||
2 | 線から踏み外す | その他の判定方法 ・指鼻試験 (人差し指で自分の鼻と反対の人差し指を交互に触る) ・つま先踵試験 (つま先と踵をくっつけながら真っ直ぐ歩行する) ・真っ直ぐ立っていられるか、簡単な計算ができるか? |
|||
3 | 倒れてしまう | ||||
4 | 立てない | ||||
四肢浮腫 | 0 | なし | |||
1 | 1肢のみ | ||||
2 | 2肢 |
・高山病と診断するスコア
下記のスコアとパルスオキシメーターの測定値により評価がなされる。
1 | 頭痛(必須) | + | 上記のスコアが3点以上 | →高山病の疑い |
+ | ||||
2 | 悪心・嘔吐・食欲不良 | |||
3 | めまい・ふらつき | |||
4 | 疲労・脱力 | |||
5 | 睡眠障害 |
5. 予防策
・高度順化
2,000m以上の高地へ移動した際には、すぐ休憩せず、30分~1時間程度歩き回ることで人体の高所順化を促すことが経験的に知られている。ハイペースで登らず、徐々に体を高度に慣らしていくよう意識的にペース配分することが重要である。また、症状が現れた際に睡眠をとると、より症状が悪化することがある。これは睡眠時に呼吸が浅くなるからである。時間が足りなくなって焦らないようにゆとりのある登山計画を立てることを心掛ける。
・適切な水分補給
脱水状態は血液の循環を悪化させ、高山病を招く原因となる。登山中は呼吸数の増加や発汗により大量の水分と塩分を消費するため、喉が渇いてから水分を補給するのでは水分不足になる可能性がある。また、高地では乾燥と寒気の影響で特に運動していなくても多くの水分が失われる。水分補給は定期的に、がぶ飲みせず、こまめに飲むことを心掛ける。目安としては体重1kgあたり1時間に5mlである。標高が1,000m上昇するごとに1L摂取量を増やすことが望ましいとされる。ただ、真水を飲むよりもポカリスエットや紅茶等の方が飲みやすい。
・アルコールは摂取しない、タバコは控える
アルコールを摂取すると、その分解に大量の水分を必要とするため(利尿作用)、脱水症状を引き起こす原因となる。また、アルコールは呼吸数を制御する作用もあり、体内に取り入れられる酸素量を減少させる。タバコに含まれるニコチンは血管を収縮させ、これにより酸素の摂取量が低下することになるのでNG!
・医療用酸素の吸引
ボンベに圧縮された酸素をマスクで吸う。吸っているときは効果があるが、吸わなくなるとまた症状が再発する。ここで注意せねばならないのが、高山病の症状が出た際に酸素を吸引しながら強引に高度を上げ、しばらくたった時に酸素切れになると、より重篤な高山病の症状に陥る危険性があるということ。
・ガモフバッグ
人ひとりが横向きに入ることのできる、丸いサンドバッグ型の簡易加圧テント。高山病に掛かった患者を下界と同じ気圧に保ち、症状を回復させる。
・パルスオキシメーター(医療機器)の使用
プローブを指や耳に装着して脈拍数と経皮的動脈血酸素飽和度(SpO2)をモニターする機器のこと。登山では小型のものを使用する。これを使うことで、酸素欠乏症に移行する前段階で予防策を立てることができる。パルスオキシメーターで酸素不足が確認された場合の根本的な高度を下げることである。
・高山病治療薬
薬を服用することで症状の回復を図ることもあるが、副作用があるので、これらの薬は医師による処方が必要。
薬品名 | 服用量と頻度 | 効果 |
アダラート (血管拡張剤) |
10mg・1日3回 | 血圧を下げる 高血圧や狭心症、高所肺水腫の治療薬 |
ダイアモックス (利尿剤) |
250mg・1日2回 | 予防的使用の場合は125mg、就寝1時間前に服用 利尿効果が高いため脱水に注意 |
↑高山病治療薬の服用について(私の体験談)
私が高山病治療の薬で使用したのはダイアモックスのみで、それも予防として利用した。この薬は肺の呼吸中枢を促進させる効果があるが、私自身その効果をあまり実感することはなかった。それよりも、前夜に使用した際、夜は頻尿に悩まされて熟睡することが出来なかった。利尿作用が強く、就寝前に服用すると何度もトイレに行きたくなり、体の脱水にも気を配らなければならなかった。
6. 高山病になってしまったら
・下山する(少なくとも500m以上は高度を下げることが望ましい)
・安静臥床(すぐ寝ないで、しばらくぶらぶらして体を慣らす)
・酸素投与
・痛み止め(過量投与しない。睡眠薬は原則として投与しない!)
・薬剤
7. まとめ
高山病を甘く見てはいけない(戒め)。
行動中はゆっくり歩き、十分な水分補給をし、キャンプではしっかり休む。
知識&現地での予防策の実行が非常に大切!!
高山病を克服できれば、頂上はもう目前!!
記事作成・写真・表:リーダー 金原 守人